トレイルランニングと千日回峰行と瞑想

12月に「みたけ山トレイルランニング」に応募したくまっさです。前回のブログ

「山を走る」ことと不思議な繋がりを感じます。今日はそんな心境をつらつらと書いてみます。書きたい気分。

トレイルラン、やってみたい!と思ったのはこの動画です。(全部見たら1時間くらいだけど、ここだけでも面白いです)

全然トレイルランの動画ではなく、比叡山を修行して回るお坊さんの話です。
千日回峰行という修行があるそうで、こんなスケジュールで走るそうです。
1〜3年目 100日×30キロ
4〜5年目 200日×30キロ

千日回峰行2700日を走ると9日間不眠・不食・不休で真言を唱え、
生きながらにして葬式を挙げます。
5年間は自分のために走り、
6年目からは世のため人のために拝みながら走るそうです。

6年目 100日×65キロ
7年目 100日×84キロ 100日×30キロ
満行を迎えます。生き仏です。

子供のときから大して楽しくもない、ハイにもならないランニングをしていました。どうしてか走りたい。すごく走りたいわけじゃないけど、走るのだから、きっとカルマというか、魂にしみついている「走欲」があるのだと思います。

時々思い出したように走っていた20代。30代は4年に一度くらいのノリで友達と参加した10キロマラソン大会。
その程度のランニング歴だったので「トレイルラン」なんて考えていませんでした。でもこの動画を見て、「あ!これだ」って気づいた。気づいてしまった!って感じでした。

「なぜ走る?」は十人十色。
健康のため、痩せたいから、大会に出たいから、友達が欲しいから、走るのが好きだから・・・・
私は「千日回峰行みたいだから」走ります。そんなノリです。
そして千日回峰行はなにか?それは瞑想と同じだからです。
瞑想は死ぬ練習です。千日回峰行も死ぬ練習です。生きながらにして死を生きる。
感謝をする。生を感じる。死を意識する。
それが好きなんですよ。言葉じゃ伝えるのが難しいのですが、分かる人には分かる魂の輝きというかね、なんていうのかしらね。
表現しきれない分はマッサージ師という仕事で活かしてみます。

おまけですが、今日走っている時に川柳っていうのかしら?良い句が浮かんだので披露してみます。

千日回峰行山の神 カラダの中を駆け上がる

クンダリニーヨガみたいでしょ。箱根駅伝みたいでしょ。走るっていろんな目線があって面白いね。

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